「家庭用ゲーム機」(外伝その弐)米国にて
2010年06月24日 (木) | 編集 |
・・今から二十年近くも前、米国西海岸の某大学に、一年間留学する機会を得た。
サンフランシスコの対岸の比較的治安の良い住宅地に安アパートを借りて、
本業はそこそこに(爆)、独身ということもあり、はじめての海外暮らしを満喫して過ごした。
今思えば、この一年間ほど活動的に動き、かつ、暇な時間を贅沢に楽しんだことはなかった。

留学前に、諸先輩方に言われたことを思い出す。
一年間が過ぎるのは早い。学業、語学、遊び、どれでも構わないが、何か一つに集中せよ。
僕は躊躇なく三番目を選択し(爆)、その結果、
語学などは出国当事のまま、しかし数え切れない冒険の思い出を胸に帰国したのだった。

僕は、米国での一年間、米国にある五十八箇所の国立公園を走破することを目指した。
結局三十箇所余りしか訪問できなかったが、オンボロ車に寝袋と予備のガスタンクを積んで、
大西洋から太平洋、灼熱のデスバレーから厳寒のロッキーまで、巡った日々は生涯忘れない。
この時のエピソードは、つれづれなるまま、かき綴る機会もあるだろう。

さて、ゲームの話であった。
日本を出発する前の習慣とは恐ろしいもの、夜になるとゲームがしたくて指が疼いた。
TVを点けても、情けないが、辛うじて理解できるのはスタートレックと料理番組くらい。
米国でもスーファミやメガドライブが流通していることは知っていたが、
アクション系ならともかく、RPG好きの僕はソフトが英語では楽しめないと諦めていた。

二ヶ月もした頃、サンフランシスコから車で一時間ほど南下したサンノゼの“ヤオハン”で、
恐らく日本人が残していったのであろう、日本のスーファミソフトを発見した(感涙)
店員に聞くと、ROMカセットに互換アダプターを装着すれば、
米国のスーファミ(スーパーニンテンドーと言った)でも問題なくプレイできますとのこと。
幾つか並べられた和製ソフトから数本、互換アダプター、スーパーニンテンドーを早速購入。
結構な出費だったが、この年は大変な円高で一ドル八十円台だったのがちょっとだけ救い。
サブウェイをビールで流し込みながら、夜な夜な日本語のゲームを楽しんだのであった。

帰国時には、また僕のような誰かが楽しんでくれればと“ヤオハン”にゲーム一式を寄贈。
そういえば、暫く前に経営破綻してしまったヤオハンチェーン。
日本人留学生や単身赴任者の心とお腹を満たしてくれたサンノゼのヤオハンはいま如何に。

(「家庭用ゲーム機」六につづく)